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更新日 2026-08-04 法人の決算と申告

「最終報酬月額×勤続年数×功績倍率」は、法令のどこにも書かれていない──役員退職金の適正額

役員退職金の話になると、必ずこの算式が出てきます。

最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率

保険会社の提案書にも、金融機関のパンフレットにも載っています。社長3.0倍・専務2.5倍・常務2.2倍・取締役2.0倍、といった数字とセットで。

この算式は、法人税法にも、施行令にも、通達にも書かれていません。

「書かれていないから使ってはいけない」という意味ではありません。実務で広く使われている算式ですし、裁判所も判断の枠組みとして採用しています。ただ、根拠がどこにあるかを知らないまま提案書の倍率で組むと、半分以上が否認されることがあるというのが、この記事で書きたいことです。

この記事の結論

  • 法令が定めているのは「相当と認められる金額」という基準だけ。算式は書かれていない
  • 通達に出てくる「功績倍率法」は、業績連動給与に当たらないことを確認するための規定であって、適正額の基準ではない
  • ★裁判所は同業類似法人の平均功績倍率を使う。1.18倍1.06倍と認定された例がある
  • 「社長3.0倍」の出どころは昭和55年の判決で、そこで認定された同業類似法人の数字にすぎない
  • 損金になるのは株主総会等で額が確定した事業年度支払った事業年度に損金経理する方法もある
  • 取締役会で内定しただけの未払計上は損金にならない
  • 受け取る側は退職所得。ただし役員等の勤続5年以下は2分の1課税が使えない

1. 法令が定めているのは、算式ではなく「相当と認められる金額」

役員退職給与の損金算入について、法人税法施行令70条2号はこう定めています。

その退職した役員がその内国法人の業務に従事した期間その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額

出てくるのは3つの要素です。在任期間・退職の事情・同業類似法人の支給状況。「最終報酬月額」も「功績倍率」も、条文にはありません。

つまり、適正額は算式で一意に決まるものではなく、この3要素に照らした評価で決まります。功績倍率法は、その評価を実務でやりやすくするために編み出された道具です。

2. 通達に出てくる「功績倍率法」は、別の話をしている

「いや、通達に功績倍率法と書いてある」と言われることがあります。確かに書いてあります。法人税基本通達9-2-27の3です。

いわゆる功績倍率法に基づいて支給する退職給与は、法第34条第5項に規定する業績連動給与に該当しないのであるから、同条第1項の規定の適用はないことに留意する。
(注)功績倍率法とは、役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法をいう。

読むとわかるとおり、この通達が言っているのは「功績倍率法で計算した退職給与は業績連動給与ではない」ということだけです。

★この通達は平成29年度の改正で追加されたものです。同じ年の改正で業績連動給与の範囲が整理された結果、「利益に連動する要素が入っている功績倍率法は業績連動給与になってしまうのではないか」という疑問が生じ、それを打ち消すために置かれた規定です。適正額がいくらかを定めた規定ではありません。

だから「通達に書いてある方法だから安全」とはなりません。功績倍率法を使うこと自体は問題ないが、倍率が妥当かどうかは別途争われる、という構造です。

3. 裁判所は「同業類似法人の平均功績倍率」で判断する

では実際にどう判断されるのか。課税実務と裁判例で確立しているのが平均功績倍率法です。

同種の事業・類似の事業規模の法人を抽出し、それぞれの「退職給与 ÷(最終報酬月額 × 勤続年数)」を求め、その平均を適正な倍率とします。

東京地裁平成25年3月22日判決は、この点について枠組みを示しました。原則として平均功績倍率法によるべきであり、最高功績倍率法を使えるのは、同業類似法人の抽出基準が十分でない場合や、抽出件数がごく少なくかつ最高倍率を示す法人が極めて類似している場合に限られる、としています。

そして重要なのが、実際に認定された数字です。

事例 認定された功績倍率
東京地裁 昭和55年5月26日判決 社長 3.0/専務 2.4/常務 2.2
東京地裁 平成25年3月22日判決 1.18
東京地裁 令和2年判決 1.06

「社長は3.0倍」という相場観の出どころは、いちばん上の昭和55年の判決です。その事案で抽出された同業類似法人の数字が、その後40年以上にわたって「相場」として一人歩きしてきました。

同業類似法人の顔ぶれが変われば、倍率は変わります。平成25年の事案では1.18倍、令和2年の事案では1.06倍が認定されています。3.0倍で組んだ退職金が、1.2倍相当まで否認される可能性がある、ということです。

保険会社の提案書に載っている「社長3.0倍」を、根拠だと思わないでください。あれは営業資料であって、税務上の安全圏を示すものではありません。倍率を上げれば保険で準備すべき金額も増えるので、そもそも中立な数字とは限りません。

なお、保険商品の設計そのものは保険会社・保険募集人の領域です。ここで扱っているのは、支給する側の法人税と、受け取る側の所得税・相続税の話に限られます。

4. 適正額でよく否認される3つ

倍率以前に、そもそも計算の土台が崩れている例があります。

★1. 受け取った死亡保険金の額を、そのまま退職金にしている

「保険金が5,000万円入ったから、退職金も5,000万円」という組み方です。保険金の額と、退職給与の適正額はまったく無関係です。保険金が入っていようがいまいが、判定されるのは在任期間・退職の事情・同業類似法人の支給状況です。

保険金は益金になるので、退職金を出さなければその期は大きな黒字になります。「出さないと税金が」という動機はわかりますが、適正額を超えた部分は損金にならないので、結局その分の法人税はかかります。

★2. 功労金を別枠にしている

「退職金3,000万円、別に功労加算金1,000万円」という出し方をしても、判定は合計額で行われます。名目を分けても枠は増えません。

★3. 最終報酬月額を、退職の直前に引き上げている

功績倍率法の土台は「退職の直前に支給した給与の額」です。ここを大きくすれば退職金も大きくなる──と考えて、退職の前年に役員報酬を月50万円から月200万円に上げるような例があります。

過去の報酬実績と乖離した引上げは、基準として否認されやすいところです。そもそも役員報酬は期首から3か月以内でなければ改定できず、業績が伸びていないのに大幅増額すれば、その改定自体が「不相当に高額」として争われる可能性もあります(役員報酬を変えていいのは1年に1回、それも期首から3か月まで)。

★逆の悩みもあります。引退の何年も前から役員報酬をほとんど取っていない場合、最終報酬月額が小さすぎて功績倍率法がうまく機能しません。このときは、1年当たり平均額法(同業類似法人の「退職給与 ÷ 勤続年数」の平均に、当社の勤続年数を乗じる方法)が使われることがあります。退職金を考えるなら、報酬の取り方は出口から逆算して決めておくほうが選択肢が広がります。

5. いつの事業年度の損金になるか

ここは制度が一度変わっているところなので、古い理解が残りやすい論点です。

原則は、株主総会等の決議によって額が具体的に確定した日の属する事業年度です。加えて、支払った日の属する事業年度に損金経理をした場合は、その事業年度でもかまいません(法人税基本通達9-2-28)。

平成18年度改正で損金経理要件は廃止されています。損金経理をしたかどうかにかかわらず、不相当に高額な部分を除いて損金算入されます。「未払金に計上したら損金にならない」という説明は、この点では正確ではありません。

問題は「額が具体的に確定したか」です。

★取締役会で内定しただけの未払計上は、損金になりません

額が具体的に確定する事業年度より前に未払計上しても、認められません。「決算が近いので、とりあえず取締役会で内定して未払金を立てておく」は通りません。

役員退職慰労金規程で「株主総会の承認を得て支給する」と定めているのに、総会決議をしないまま未払計上した事例は、債務未確定として否認されています(平成13年11月13日裁決)。

自社の規程に書いてある手続を、そのとおりに踏んでいるかが実質的な分かれ目です。規程に「株主総会の決議による」と書いてあるなら、総会を開いて議事録を残す。規程と実際の手続がズレていることが、いちばんよくある落とし穴です。

分割支給はできます

資金繰りの都合で一括では払えない、という場面はあります。分割支給は可能です。

退職慰労金2億5,000万円について、資金の余裕がないため2年に分けて7,500万円・1億2,500万円と支給し、それぞれ支払った日の属する事業年度で損金算入した事案について、東京地裁平成27年2月26日判決は、支給年度に損金経理する方法を「企業が役員退職給与を分割支給する場合における会計処理の一つの方法として確立した会計慣行」と認め、納税者を勝たせています。

★ただしこれは「支払った事業年度に損金経理する」という前提での話です。総会で確定した年に全額を損金にしておいて、支払いだけ翌期以降にするという形とは別なので、混同しないでください。

6. 受け取る側──退職所得は、給与よりずっと軽い

退職金が節税の文脈で語られるのは、もらう側の課税が軽いからです。

退職所得の金額 =(収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2

しかも分離課税で、他の所得と合算されません。

退職所得控除額は勤続年数で決まります。

勤続年数 退職所得控除額
20年以下 40万円 × 勤続年数(80万円に満たないときは80万円)
20年超 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

勤続30年なら 800万円+70万円×10年=1,500万円。ここまでは課税されず、超えた部分のさらに2分の1にしか税率がかかりません。役員報酬で同じ額を取るのとは、税負担がまったく違います。社会保険料もかかりません。

★役員等の勤続5年以下は、2分の1課税が使えません

役員等としての勤続年数が5年以下の人が受ける退職手当等は「特定役員退職手当等」となり、2分の1課税の適用がありません(収入金額 − 退職所得控除額 が、そのまま退職所得の金額になります)。

法人成りしてすぐの会社で「数年で退職金を出して精算する」という設計を考えるときは、ここが効いてきます。

★役員等以外(従業員)についても、令和4年分以後は勤続5年以下で「収入金額 − 退職所得控除額」が300万円を超える部分について2分の1課税が使えません(短期退職手当等)。

「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出していないと、退職金の額に一律20.42%の源泉徴収がされます。確定申告で取り戻すことはできますが、手間が増えるだけなので、支給前に必ず提出してもらってください。

小規模企業共済やiDeCoを併用している場合は、受け取る順番と間隔で退職所得控除の使えかたが変わります。そちらは 小規模企業共済・iDeCoの「出口」(10年ルール・19年ルール) にまとめています。

死亡退職金は、相続税の世界に移ります

社長が在任中に亡くなって遺族に退職金を支給する場合、所得税ではなく相続税の対象になります(死亡後3年以内に支給が確定したもの)。

  • 死亡退職金の非課税限度額 = 500万円 × 法定相続人の数(相続人が取得した場合)
  • 弔慰金は、業務上の死亡なら普通給与の3年分、業務外の死亡なら半年分まで。これを超える部分は退職手当等として相続税の対象

退職金と弔慰金を分けて出すことで、非課税枠を二重に使えるという設計になります。ただし業務上か業務外かの区分は事実認定なので、名目だけ「業務上」とすることはできません。

7. 現場でやること

  1. 役員退職慰労金規程を整備し、支給の決定手続を明記する(株主総会の決議によるのか、総会で総額を決めて取締役会に一任するのか)
  2. 規程どおりに手続を踏み、議事録を残す
  3. 同業類似法人の支給状況を意識した倍率にする。提案書の3.0倍を根拠にしない
  4. 功労金を含めた合計額で判定する
  5. 最終報酬月額を退職直前に引き上げない。逆に、報酬をゼロに近くしたまま何年も置かない
  6. 未払計上は、額が具体的に確定してから。分割支給なら支払年度に損金経理する形を選ぶ
  7. 「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらう

★なお、代表を退いて会長や監査役になるだけで退職金を出せるかは、これとは別の大きな論点です。次の記事で扱います。

まとめ

  • 法令70条2号が定めるのは「在任期間・退職の事情・同業類似法人の支給状況に照らして相当と認められる金額」。算式は書かれていない
  • 通達9-2-27の3の功績倍率法は、業績連動給与に当たらないことの確認であって適正額の基準ではない(平成29年度改正で追加)
  • ★裁判所は平均功績倍率法を原則とする。1.18倍・1.06倍と認定された例がある
  • 「社長3.0倍」の出どころは昭和55年の判決。相場ではなく、その事案の数字
  • 保険金額をそのまま退職金にしない/功労金も合算して判定される/最終報酬月額の直前引上げは否認されやすい
  • 損金になるのは額が具体的に確定した事業年度支払年度に損金経理する方法もある。損金経理要件は平成18年度改正で廃止
  • 取締役会の内定だけでは未払計上できない。規程どおりの手続を踏む
  • 分割支給は認められている(東京地裁平成27年2月26日判決)
  • もらう側は退職所得(収入−控除)×1/2の分離課税、社会保険料もなし
  • 役員等の勤続5年以下は2分の1課税が使えない
  • 死亡退職金は相続税。非課税枠は 500万円×法定相続人、弔慰金は業務上3年分・業務外半年分まで
この記事の主な根拠(出典)

  • 法人税法34条2項(不相当に高額な役員給与の損金不算入)/同条5項(業績連動給与)/36条(特殊関係使用人に対する給与)
  • 法人税法施行令70条2号(役員退職給与の過大額の判定)
  • 法人税基本通達9-2-27の3(業績連動給与に該当しない退職給与。平29年課法2-17により追加)/9-2-28(退職給与の損金算入の時期)
  • 所得税法30条(退職所得)/31条(退職手当等とみなす一時金)、所得税法施行令69条の2(特定役員退職手当等)
  • 相続税法12条1項6号(退職手当金等の非課税限度額)、相続税法基本通達3-20(弔慰金等の取扱い)
  • 東京地裁昭和55年5月26日判決/東京地裁平成25年3月22日判決/東京地裁平成27年2月26日判決/平成13年11月13日裁決
  • ※2026年時点の制度に基づく記事です

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