給与総額が1.5%増えていれば取りに行ける──賃上げ促進税制は「継続雇用者」で判定しない
決算が終わってから「これ、賃上げ促進税制が使えたのでは」と気づくことがあります。設備を買ったわけでも、何か新しいことを始めたわけでもないのに、要件を満たしていたという制度だからです。
中小企業向けの要件は、前年より給与の総額が1.5%増えていること。それだけです。人を1人増やした、ベースアップをした、賞与を厚くした──どれでも要件を満たすことがあります。
にもかかわらず取り逃がしが多いのは、「継続雇用者」という言葉の記憶が残っているからだと思っています。
この記事の結論
- 中小企業向けの判定は雇用者給与等支給額。★「継続雇用者」ではない(令和3年度改正で外れた)
- 前年比+1.5%以上で15%、+2.5%以上で30%の税額控除
- くるみん・えるぼし等の認定があると+5%。最大35%
- ★令和8年度改正で教育訓練費の上乗せが廃止された。「最大45%」と書かれた資料は令和8年3月31日までに開始した事業年度のもの
- ★全法人向けの措置は令和8年3月31日をもって廃止。中小企業向けは維持されている
- 控除上限は調整前法人税額の20%。控除しきれない分は5年間繰り越せる
- ★申告書に書いた金額が上限になる。書き間違えたことだけを理由に更正の請求はできない
1. 中小企業向けの要件
令和8年4月1日以後に開始する事業年度の内容です。
| 要件 | 控除率 |
|---|---|
| 雇用者給与等支給額の対前年増加率 +1.5%以上 | 15% |
| 同 +2.5%以上 | 30% |
| くるみん/プラチナくるみん/えるぼし(2段階目以上)/プラチナえるぼしの認定 | +5% |
| 最大 | 35% |
控除の対象になるのは控除対象雇用者給与等支給増加額(ざっくり言えば、増えた給与の額)です。増加額に上の率を掛けたものが税額控除になります。
★適用期限は令和9年3月31日までに開始する事業年度です。
2. 「継続雇用者」ではない
この制度は名前も中身も何度か変わっていて、実務の記憶が追いついていません。
かつては継続雇用者給与等支給額、つまり「前期と当期の全期間で給与の支給を受けている従業員」に絞って増加率を判定していました。この計算がとにかく面倒で、「うちは人の出入りがあるから無理」と最初から諦めていた会社が多かった制度です。
★中小企業向けは、令和3年度改正で継続雇用者ベースが外れています。いまは雇用者給与等支給額、つまり全体の給与総額で判定します。
これが意味することは大きいです。
- 人が増えて給与総額が増えただけでも要件を満たすことがある
- 誰が期中に入社・退職したかを追いかける必要がない
- 前期と当期の給与総額を比べるだけで、当たりが付く
なお、中堅企業向け(常時使用する従業員2,000人以下)の措置は継続雇用者で判定します。区分によって判定の基礎が違う、というところが混乱のもとです。
3. 令和8年度改正で変わったこと
| 改正前 | 改正後(令和8年4月1日以後開始事業年度) | |
|---|---|---|
| 全法人向け | あり | ★令和8年3月31日をもって廃止 |
| 中堅企業向け | +3%→10%/+4%→25% | +4%→10%/+5%→15%/+6%→25%。教育訓練費の上乗せは廃止 |
| 中小企業向け | +1.5%→15%/+2.5%→30% | ★変わらず(+1.5%→15%/+2.5%→30%) |
| 教育訓練費の上乗せ | +5% または +10% | ★廃止 |
| 子育てとの両立支援等の上乗せ | +5% | 維持 |
★中小企業向けは、教育訓練費の上乗せが廃止されたことを除いて現行制度が維持されました。制度そのものが無くなったわけではありません。
そして、資料を読むときの注意です。
「最大45%」と書かれている解説は、令和6年4月1日から令和8年3月31日までの間に開始した事業年度の制度です。教育訓練費の上乗せ10%が生きていた期間のものです。令和8年4月1日以後に開始する事業年度は最大35%になります。
なお中堅企業向けについては、令和8年度税制改正の大綱で適用期限(令和9年3月31日)の到来をもって廃止することが示されています。
4. 5年間の繰越控除
控除上限は調整前法人税額の20%です。中小企業の場合、給与総額が大きく増えた年ほど、この20%に当たって控除しきれなくなります。
★そこで令和6年度改正で入ったのが、5年間の繰越控除です。控除しきれなかった額を翌期以降5年間繰り越せます。
ただし条件があります。
繰越控除を受けようとする事業年度において、雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えていること。
つまり、繰り越した年に給与総額が前年より減っていたら、その年は繰越分を使えません。「賃上げした年の控除を、賃下げした年に使う」ことはできない、という設計です。
★繰越しを使うつもりなら、控除しきれなかった年から毎期、明細書を付け続ける必要があります。途切れると繰越しが使えません。
5. ★申告書に書いた金額が上限になる
これがこの制度の最大の落とし穴です。
控除対象雇用者給与等支給増加額は、確定申告書等に添付された書類に記載された金額が限度になります(措法42の12の5⑤後段)。
「限度になる」というのは、あとから増やせないということです。
そして措置法でいう「確定申告書等」には、
- 期限後申告書は含まれる
- ★修正申告書と更正の請求書は含まれない
したがって、「明細書の記載金額を間違えていた」ことだけを理由に、更正の請求で控除額を増やすことはできません。
★一方で、調整前法人税額が増えたことによって控除限度(20%)が上がる場合は別です。修正申告や更正の請求で、記載した増加額の範囲内であれば控除額を増やせます。
要するに、「増加額をいくらと書いたか」は取り返しがつかず、「20%の天井が上がったこと」は取り返しがつく、という非対称になっています。
6. 決算前に確かめること
税額控除は任意的調整事項です。書かなければ、そのまま権利を失います。
- 前期と当期の「給与等の支給額」を並べる。増加率が+1.5%を超えていないか
- 超えていたら、+2.5%も超えていないかを確認する(15%と30%では倍違う)
- くるみん・えるぼし等の認定を受けていないか(+5%)
- 調整前法人税額の20%を計算して、控除しきれるかを見る
- しきれないなら、繰越控除のために明細書を付ける
- 別表六(二十四)(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書)に記載する
- ★適用額明細書にも記載する。これが無いと租税特別措置そのものが使えない
- 記載する増加額の計算根拠を残す。あとから増やせないので、ここだけは慎重に
★この制度は「賃上げをしよう」と決めてから使うものではありません。多くの中小企業では、結果として給与総額が増えていた年に、取りに行くかどうかの話になります。だから決算のときに気づけるかどうかがすべてです。
範囲注記:くるみん・えるぼし等の認定は厚生労働省の制度で、申請・認定の手続は社会保険労務士および所管の労働局の領域です。この記事は、認定を受けている場合に法人税の税額控除がどう増えるかを扱っています。給与規程・就業規則の設計そのものも社会保険労務士の領域です。
まとめ
- 中小企業向けは雇用者給与等支給額で判定する。★継続雇用者ではない
- +1.5%で15%、+2.5%で30%、認定があれば+5%、最大35%
- ★令和8年度改正で教育訓練費の上乗せが廃止。「最大45%」は令和8年3月31日までに開始した事業年度の話
- ★全法人向けは令和8年3月31日で廃止、中堅企業向けは要件が引き上げられた。中小企業向けは維持
- 控除上限は調整前法人税額の20%、5年間の繰越しあり。ただし繰越しを使う年は給与総額が前年超であることが要る
- ★申告書に書いた増加額が上限。書き間違いだけを理由に更正の請求はできない
- 別表六(二十四)+適用額明細書。書かなければ権利を失う
- 租税特別措置法42条の12の5(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)
- 国税庁「令和8年度法人税関係法令の改正の概要」3 賃上げ促進税制の見直し(全法人向けの廃止、中堅企業向けの要件見直し、教育訓練費に係る上乗せ措置の廃止、中小企業向けの現行制度の維持、適用時期)
- 所得税法等の一部を改正する法律(令和8年法律第12号)附則50
- 国税庁「法人税等各種別表関係(令和7年4月1日以後終了事業年度等分)」別表六(二十四)/「適用額明細書の記載の手引」
- ※2026年時点の制度に基づく記事です。租税特別措置は適用期限と要件が繰り返し改正されているため、適用前に当年の内容をご確認ください
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