会社を辞めると、いままで給与から自動で引かれていたものが、全部自分で選んで手続きするものに変わります。その最初の関門が健康保険です。
「国保に入るんですよね?」と聞かれることが多いのですが、正確には3つの選択肢があり、どれを選ぶかで年間の負担が数十万円変わることがあります。しかも期限も窓口も別々です。
この記事は「どれを選ぶか」の判断に絞ります。当日の持ち物や期限に間に合わなかった場合の話は退職後14日の壁に分けてあります。
この記事の結論
– 健康保険は①国民健康保険 ②任意継続 ③家族の扶養の3択。期限は14日/20日/すみやかにとバラバラ
– 任意継続は在職中の保険料のおよそ2倍(会社負担分がなくなる)。ただし上限がある
– 扶養家族が多い人は任意継続が有利になりやすい。国保は家族の人数で増えるが、任意継続は増えない
– 任意継続は2022年1月から本人の申出でやめられるようになった。「2年間縛られる」は古い情報
– 年金は第1号被保険者へ種別変更。配偶者が第3号だった場合、配偶者も第1号へ(見落としが多い)
– 支払った保険料は全額が社会保険料控除。事業の経費ではありません
| 比べる軸 | ① 国民健康保険 | ② 任意継続 | ③ 家族の扶養 |
|---|---|---|---|
| 保険料 | 前年の所得をもとに計算(市区町村ごとに算定方法が違う) | 在職中の約2倍(会社負担分がなくなる)。ただし上限あり | 負担なし(0円) |
| 期限 | 資格取得日から14日以内 | 退職日の翌日から20日以内(健康保険法37条) | すみやかに(勤務先経由) |
| 窓口 | 市区町村の国保窓口 | 協会けんぽ/退職した会社の健保組合 | 家族の勤務先 |
| 加入できる期間 | 制限なし | 最長2年 | 要件を満たしている間 |
| 家族が増えたとき | 人数分の均等割が加算される | 保険料は変わらない | — |
| 加入の要件 | なし(他の保険に入っていなければ) | 退職日までに継続して2ヶ月以上の被保険者期間 | 年収の見込みなど保険者の認定が必要 |
| やめられるか | — | 申出で脱退可(2022年1月から) | 要件を外れたら喪失 |
| 向きやすい人 | 前年の所得が低い/扶養家族が少ない | 前年の所得が高い/扶養家族が多い | 開業当初の所得が小さい人(ただし認定は保険者判断) |
見ていただきたいのは「家族が増えたとき」の行です。国民健康保険は世帯の人数で保険料が増える設計、任意継続は被扶養者が何人いても保険料は同じ。ここが選択を分ける最大のポイントで、扶養する家族が2人3人といる場合は任意継続が有利になりやすいです。
国民健康保険の保険料は、前年の所得をもとに計算されます。つまり退職して最初の年は、会社員として稼いでいた年の所得で計算されるということです。
収入がまだ立ち上がっていない開業1年目に、前年の給与ベースの保険料が来る。これが「思っていたより高い」の正体です(同じ構造の話は独立1年目に来る税金にも書いています)。
軽減の可能性としては次のものがありますが、開業する人には当てはまりにくい点に注意してください。
なお算定方法(所得割・均等割・平等割・資産割の組み合わせ)も自治体ごとに違います。「国保はいくら?」に全国共通の答えはありません。多くの自治体が試算のページを持っているので、そこで自分の前年所得を入れてみるのが最短です。
任意継続は、退職した会社の健康保険にそのまま2年間残る制度です。保険料が約2倍になるのは、在職中は会社が半分払っていた分がなくなるからです。
ただし上限があります。任意継続の保険料計算に使う標準報酬月額には、保険者が定める上限が設けられています(協会けんぽの場合は全被保険者の平均標準報酬月額で、毎年度改定されます)。在職中の給与が高かった人は、単純な2倍にはならず上限で止まるので、思ったより負担が軽くなることがあります。
そして重要な変更点です。かつては「任意継続に入ると保険料を払い続ける限り2年間やめられない」と説明されていました。しかし2022年1月から、本人の申出による資格喪失(任意脱退)ができるようになっています(健康保険法の改正)。
つまり、「1年目は任意継続、2年目から国保」という切り替えが正面から可能になりました。前年所得が下がった2年目は国保のほうが安くなることが多いので、これは実務上とても使える選択肢です。
配偶者や親が会社員なら、その健康保険の被扶養者になる選択があります。追加の保険料負担はゼロなので、要件を満たすなら最強の選択肢です。
要件のおおまかな目安は、年間収入130万円未満(60歳以上または一定の障害がある人は180万円未満)で、かつ被保険者の収入の半分未満、などです。ただし個人事業主の場合、ここで大きな注意点があります。
「収入」から必要経費をどこまで引けるかが、保険者ごとに違うのです。所得税の計算のように経費を全部引いた「所得」で見てくれるとは限らず、売上から直接的な必要経費だけを引いた金額で判定する保険者もあります。健康保険組合によっては「自営業を始めた時点で被扶養者から外す」という運用のところもあります。
「所得が130万円未満だから大丈夫」という自己判断は危険です。開業してから扶養に入りたい場合は、必ず家族の勤務先を通じて保険者の判定基準を確認してください。
健康保険と別に、年金の手続きがあります。厚生年金の被保険者(第2号)ではなくなるので、国民年金の第1号被保険者へ種別変更します。窓口は市区町村で、退職日の翌日から14日以内です。
| 対象 | 手続き | 期限 | 保険料 |
|---|---|---|---|
| 本人(第2号 → 第1号) | 市区町村で種別変更 | 退職日の翌日から14日以内 | 定額(毎年度改定・月1万7千円台) |
| 配偶者(第3号 → 第1号) | 同時に種別変更が必要 | 同じ | 定額(本人と同額) |
| 子ども(20歳以上) | すでに第1号なら手続き不要 | — | 定額 |
見落としが多いのは配偶者の行です。 配偶者があなたの厚生年金の扶養(第3号被保険者)だった場合、あなたが第2号を外れた瞬間に配偶者も第3号ではいられません。配偶者も第1号になり、その分の保険料も発生します。「夫婦2人分の定額保険料」を資金計画に入れてください。
保険料の負担が重い時期は、免除・納付猶予という制度があります。未納のままにするのと免除の申請をするのは、将来の年金額でも受給資格期間でもまったく違う扱いです。この点と、国民年金だけになったあとの上乗せの順番は国民年金の上乗せの優先順位にまとめました。
ここは税理士として必ず伝えている点です。
任意継続や国保の保険料は、事業の経費として帳簿に入れてはいけません。確定申告書の社会保険料控除の欄に書くのが正しい場所です。
Q. 結局どれが安いのですか?
一般的な傾向としては、扶養家族が多い/前年の所得が高い人は任意継続、扶養家族がいない/前年の所得が低い人は国保が安くなりやすいです。ただし国保の算定は自治体ごとに違うため、両方の見積もりを取って比べるしかありません。任意継続の保険料額は退職前に会社または保険者に、国保は市区町村に確認できます。
Q. 任意継続の20日以内を過ぎたらどうなりますか。
原則として任意継続はできません。この期限は健康保険法37条の要件で、後から取り返しがつかない部類です。判断が固まっていなくても、間に合わせる価値がある期限です。
Q. 1年目は任意継続、2年目は国保という切り替えは本当にできますか。
できます。2022年1月から本人の申出による資格喪失が認められました。ただし申出のタイミングと喪失日の関係は保険者の定めによるので、切り替えたい月が決まったら早めに保険者へ確認してください。
Q. 健康保険と年金で窓口が違うのが混乱します。
健康保険の3択のうち任意継続は保険者(協会けんぽ・健保組合)、国保は市区町村、扶養は家族の勤務先。年金の種別変更は市区町村です。国保と年金は同じ市区町村の窓口で同時にできることが多いので、まず市区町村へ行き、任意継続を選ぶなら保険者に別途申請という整理になります。
Q. 健康保険証はどうなりますか。
2024年12月2日以降、健康保険証の新規発行は終了しています。マイナンバーカードの健康保険証利用(マイナ保険証)が基本で、持っていない人には資格確認書が交付されます。国民健康保険でも同じ扱いです(2026年時点)。
Q. 手続き前に病院にかかったら?
資格自体は退職日の翌日に遡って発生しますが、手続きが終わるまでは窓口で一度全額(10割)を払うことになります。あとで療養費として請求すれば戻りますが、立替と手間が発生します。詳しくは退職後14日の壁へ。
Q. 開業届はいつ出すのですか。
健康保険とは別の手続きで、税務署へ事業開始から1ヶ月以内です。会社を辞めて開業する場合の段取りは会社員が開業届を出すときにまとめています。
👉 独立後の健康保険はどうなる?
👉 退職後14日の壁:国保・国民年金の切り替え実務
👉 国民年金の上乗せ、何から始める?
👉 会社員が開業届を出すときの注意点
👉 独立1年目に来る税金の全体像