ホーム起業時の知識 › 売上いくらから法人化がト…
更新日 2026-07-25 起業時の知識第47回

売上いくらから法人化がトク?「800万・1000万の壁」の正体と自分の数字への当てはめ方

「売上が800万円を超えたら法人化」「1000万円が分岐点」——独立すると、この2つの数字がどこからともなく飛んできます。

そして誰も教えてくれないのが、この2つはまったく別の制度の話で、しかもどちらも「あなたが得になる金額」ではないということです。

結論から言います。800万円は法人税の軽減税率の区切り、1000万円は消費税の判定ライン。どちらも制度の側にある線であって、あなたの損益分岐点ではありません。本当に見るべきものは売上ではなく、課税所得と社会保険料です。

この記事の結論
800万円=法人税の軽減税率(年800万円以下の所得)の区切り。法人側の話
1000万円=消費税の課税事業者の判定ライン。個人側の話。しかもインボイス登録済みならこのメリットはほぼ消える
– 判断材料は3つだけ。①税率差 ②社会保険料 ③設立・維持コスト
– 見る数字は売上ではなく課税所得(売上 − 経費 − 控除)
– 税金が減っても社会保険料と維持費で逆転することがある。だから「壁」の金額だけでは決められない

「800万円の壁」の正体

800万円は、法人税の軽減税率の区切りです。資本金1億円以下の中小法人は、所得のうち年800万円以下の部分に軽減税率が適用され、それを超える部分は本則の税率になります(租税特別措置法42条の3の2、法人税法66条)。

つまり「800万円」は、法人になった後に、法人の所得のどこで税率が変わるかという線です。個人事業主の売上が800万円になったら何かが起きる、という話ではまったくありません。

ここを混同すると、「売上800万円だから法人化」という、根拠のない結論に飛びます。

「1000万円の壁」の正体と、インボイス後の変化

1000万円は、消費税の納税義務の判定ラインです。基準期間(個人なら2年前)の課税売上高が1,000万円を超えると、消費税の課税事業者になります(消費税法9条)。

かつては「個人で1,000万円を超えたら法人を作り、法人として新たに免税期間を得る」という組み立てに意味がありました。しかしインボイス制度が始まってからは事情が変わっています。

  • すでにインボイス登録している人は、登録している間は免税事業者に戻れません。法人を作っても、取引先からインボイスを求められれば法人も登録することになり、初年度から課税事業者です
  • 資本金1,000万円以上で設立すると、新設法人でも初年度から課税事業者(消費税法12条の2)
  • 資本金1,000万円未満でも、特定期間(前期の上半期)の課税売上高等で判定されます(消費税法9条の2)

「法人化して消費税を2年免れる」という理解は、インボイス登録している人には当てはまりません。 ここは自分の登録状況から確認してください(インボイス登録の要否消費税の計算方式の選び方)。

ではどこを見るのか:①税率差

法人化が税金の面で有利になる仕組みは単純です。個人の所得税は累進(所得が増えるほど税率が上がる)、法人税はほぼ一定。だから所得が大きくなるほど、法人の税率のほうが低くなります。

課税所得の目安 所得税率 住民税 個人の合計(限界税率) 中小法人の実効税率の目安
195万円以下 5% 10% 約15% 所得800万円以下=約25%前後
195万〜330万円 10% 10% 約20% 同上
330万〜695万円 20% 10% 約30% 同上
695万〜900万円 23% 10% 約33% 800万円超=約33〜34%前後
900万〜1,800万円 33% 10% 約43% 同上
1,800万〜4,000万円 40% 10% 約50% 同上
4,000万円超 45% 10% 約55% 同上

※所得税率は所得税法89条の速算表、住民税所得割は標準税率10%。復興特別所得税は考慮していません。法人の実効税率は法人税・地方法人税・法人事業税・特別法人事業税・法人住民税を合わせたおおよその水準で、自治体や規模で変わります。

表を見ると、税率だけなら課税所得330万円あたりで法人が並び始めることが分かります。「800万」でも「1000万」でもありません。

ではなぜ、実際の目安が800万〜900万円あたりと言われるのか。税率差を食いつぶすコストが2つあるからです。

②社会保険料——法人化で一番効くコスト

法人になると、役員1人だけの会社でも社会保険(健康保険・厚生年金)は原則として強制適用です(健康保険法3条、厚生年金保険法6条・9条)。

保険料は会社負担と本人負担の合計で、報酬の約30%(健康保険料は都道府県・保険者で異なり、厚生年金保険料率は18.3%)。会社負担分は法人の経費になりますが、出ていくお金であることは変わりません

一方、個人事業主の国民健康保険・国民年金は、保険料の水準も上限も違います。ここが法人化の損益分岐を後ろへ押し下げている最大の要因です。

税率で年間30万円得しても、社会保険料が年間50万円増えれば逆ざやです。この掛け算を無視した「売上いくらで法人化」という議論は、意味を持ちません。

なお社会保険料の負担増は、将来の厚生年金が増えるという見返りもあります。純粋なコストではなく、前払いの性質も含みます。

この記事で扱う範囲について
本記事は税金の仕組みと判断の順序を扱います。会社設立の登記手続き(定款作成・商業登記の代理)は司法書士・行政書士の領域社会保険の適用判断や加入手続きは日本年金機構・年金事務所と社会保険労務士の領域です。本記事の社会保険に関する記述は税負担との比較に必要な範囲にとどめており、個別の適用可否は必ず年金事務所で確認してください。また税率・軽減税率の適用期限・消費税の特例は改正が続く分野です(2026年時点の制度に基づく記事です)。

③設立・維持コスト——赤字でも出ていくお金

項目 個人事業主 法人
始めるとき 開業届(費用0円 登録免許税等が必要。合同会社と株式会社で金額が違う(定款認証の有無など)
赤字の年の税 所得税・住民税所得割は0円 法人住民税の均等割は赤字でも発生(最低でも年7万円程度)
決算・申告 自分で申告する人も多い 別表の作成が必要で、実務上は外部委託の費用がかかる
やめるとき 廃業届 解散・清算の登記と申告が必要
赤字の繰越 青色申告で3年(所得税法70条) 10年(法人税法57条)
給与所得控除 使えない 役員報酬に対して使える
役員報酬の変更 制約なし(報酬という概念がない) 期首から3ヶ月以内に決め、原則1年間変えられない(法人税法34条・定期同額給与)

法人化のメリットとしてよく挙がる給与所得控除は本物です。同じ利益を「個人の事業所得」で受けるか「役員報酬(給与所得)」で受けるかで、控除の分だけ課税所得が下がります。

一方で見落とされるのが役員報酬の硬直性です。期首3ヶ月以内に決めた金額を1年間変えられないため、売上が読めない時期に法人化すると、報酬を取りすぎて資金が詰まる/少なすぎて法人に利益が残るという事故が起きます。

自分の数字に当てはめる順序

  1. 売上ではなく課税所得を出す。売上 − 経費 − 青色申告特別控除 − 所得控除。ここが330万円を超えていなければ、税率差の議論はまだ始まりません
  2. その水準が来年も続くかを考える。単年のスポット売上で法人化すると、翌年に維持コストだけが残ります
  3. 社会保険料の増加額を試算する。役員報酬の見込み額から概算します。ここを飛ばした比較は必ず楽観的に出ます
  4. 設立費用と毎年の維持費(均等割・決算費用)を差し引く
  5. 1〜4を通しても法人が有利なら、次はタイミングの話へ(法人化の分岐点はどこ?

この順序で見れば、「800万」「1000万」という数字が判断材料ではなく制度の目印であることがはっきりします。

よくある質問(FAQ)

Q. 結局、目安は何円なのですか?
一般に語られるのは課税所得800万〜900万円あたりです。理由は、そのあたりで個人の限界税率(33%+住民税10%)が法人の実効税率を明確に上回り、社会保険料の増加分を吸収できるようになるからです。ただしこれは平均的な条件での目安で、扶養家族の数・国保料の水準・役員報酬の設計で前後します。

Q. 売上1,000万円を超えたので法人化して消費税を避けたいのですが。
インボイス登録をしている場合、その作戦は成立しません。法人でも取引先からインボイスを求められれば登録することになり、初年度から課税事業者です。資本金1,000万円以上なら無条件で課税事業者です。

Q. 「マイクロ法人」と個人事業を二本立てにすると得だと聞きました。
制度上ありえる形ですが、どの所得がどちらに帰属するかは実態で判断され、社会保険の適用も日本年金機構の判断です。所得の付け替えと見られれば否認のリスクがあります。仕組みを理解せずに形だけ真似るのは危険な領域です。

Q. 赤字なら法人化は損ですか。
税金の面では損です。法人住民税の均等割は赤字でも発生し、決算の手間と費用も増えます。ただし赤字を10年繰り越せる(個人は3年)のは法人の利点なので、大きな先行投資をして数年後に回収する事業では意味を持つことがあります。

Q. 法人化すると手取りは増えますか。
税金は減っても社会保険料が増えるため、手取りは減ることもあります。増えるのは将来の年金と、経費として認められる範囲です。「手取り」だけを基準にすると判断を誤ります。

Q. 登記は自分でできますか。
自分で申請することは可能です。ただし他人のために登記を代理するのは司法書士の業務です。定款の内容・株式の設計・事業年度の決め方は後から変えにくいので、専門家に確認する価値があります。

Q. 事業年度(決算月)はいつにすべきですか。
繁忙期と決算作業が重ならない月、かつ消費税の判定や役員報酬の決定タイミングを考えて選びます。設立時にしか自由に決められない項目なので、ここは後回しにしないほうがよい部分です。

まとめ

  • 800万円は法人税の軽減税率の区切り、1000万円は消費税の判定ライン。どちらもあなたの損益分岐点ではない
  • インボイス登録済みなら、法人化による消費税の免税メリットはほぼ消えている
  • 見る数字は売上ではなく課税所得。税率だけなら330万円あたりから法人が並び始める
  • それでも目安が800万〜900万円になるのは、社会保険料(報酬の約30%)と維持コストが税率差を食うから
  • 赤字でも法人住民税の均等割は出ていく。役員報酬は期首3ヶ月以内に決めて1年変えられない
  • 判断は課税所得 → 継続性 → 社会保険料 → 維持費 → タイミングの順で
この記事の主な根拠(出典)

  • 所得税法89条(税率)/70条(純損失の繰越控除)
  • 法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)/57条(欠損金の繰越)/34条(役員給与の損金不算入)
  • 租税特別措置法42条の3の2(中小企業者等の法人税率の特例)
  • 消費税法9条(小規模事業者に係る納税義務の免除)/9条の2(特定期間の課税売上高)/12条の2(新設法人の納税義務の免除の特例)
  • 地方税法(法人住民税の均等割)
  • 健康保険法3条/厚生年金保険法6条・9条(適用事業所と被保険者)
  • 国税庁タックスアンサー「所得税の税率」「法人税の税率」「納税義務者について」
  • ※2026年時点の制度に基づく。軽減税率の適用期限や消費税の特例は改正が続くため、実行前に最新の情報で確認してください

次に読む

👉 個人事業か法人か、どちらで始める?
👉 法人化の分岐点はどこ?
👉 インボイス登録は必要か、要否の判断
👉 消費税の計算方式の選び方
👉 個人事業主に「後から来る税金」一覧

相談したいとき

👉 税理士の宍倉に相談する(LINE)

FOLLOW & CONSULT

新しい記事はLINEでお知らせ

個別のご相談は、事務所サイトの単発相談で承っています。

LINEで友だち追加個別相談について(事務所サイト)