免税事業者に「消費税分は払えない」と言われたら──要請すること自体は問題にならない。問題になるのは一方的に決めることだった
「インボイスがないなら、消費税分の10%は引かせてもらいます」
この一言は、★金額の面でも、法律の面でも、二重に間違っています。
この記事の結論
- 引けなくなるのは全額ではない。2026年10月以降は税込価額の★約2.73%
- ★★課税事業者になるよう「要請すること自体」は、独占禁止法上も問題にならない
- 問題になるのは★一方的な通告と、★明示的な協議をしないままの価格据置き
- ★公正取引委員会は、5つの業態の発注事業者に実際に注意を行った
- ★令和8年1月1日から「下請法」は「中小受託取引適正化法(取適法)」になった。協議に応じないまま一方的に代金を決める行為が明文で禁止された
- インボイスを必要とするのは、取引先のうち「本則課税の課税事業者」だけ
- ★協議の記録を残すことが、そのまま防御になる
1. まず、数字を確定させる
買手が失うのは仕入税額控除ができなくなる部分だけです。経過措置があるので全額ではありません。
| 期間 | 控除割合 | 税込価額に対する実損 |
|---|---|---|
| 〜令和8年9月30日 | 80% | 約1.82% |
| ★令和8年10月1日〜令和10年9月30日 | ★70% | 約2.73% |
| 令和10年10月1日〜令和12年9月30日 | 50% | 約4.55% |
| 令和12年10月1日〜令和13年9月30日 | 30% | 約6.36% |
| 令和13年10月1日〜 | 0% | 約9.09% |
★「消費税分の10%を引く」は、経過措置がある間は明らかに過大です。スケジュールと帳簿の書き方は2026年10月から、免税事業者への支払いは「7割しか引けない」にまとめました。
交渉の出発点は、この表です。発注側も受注側も、ここから話を始めれば議論がずれません。
2. ★そもそも、その相手にインボイスは要るのか
見落とされやすい前提です。インボイスを必要とするのは、取引先のうち一部だけです。
| 取引先 | インボイスが要るか |
|---|---|
| 本則課税の課税事業者 | ★要る |
| 簡易課税・2割特例の事業者 | ★要らない(仕入税額を実額集計しないため) |
| 免税事業者 | 要らない |
| 一般消費者 | 要らない |
★自分の売上先が簡易課税や一般消費者中心なら、登録しなくても取引に影響しません。免税事業者側は、まずこの内訳を作るところから始めます。
3. ★★どこからが問題になるのか
公正取引委員会等の考え方は、線がはっきりしています。
問題にならないこと
- ★課税事業者になるよう要請すること自体
- 経過措置を踏まえた合理的な範囲での価格交渉を持ちかけること
問題となるおそれがあること
| # | 行為 | 問題となる点 |
|---|---|---|
| 1 | 報酬総額で契約したあと、★登録事業者でないと判明したことを理由に、消費税相当額の一部又は全部を支払わない | 代金の減額 |
| 2 | 免税事業者が課税転換したのに、★明示的に協議することなく取引価格を据え置く | 優越的地位の濫用・買いたたき |
| 3 | ★仕入先から協議の要請があったのに、協議に応じず一方的に取引価格を据え置く | 協議に応じない一方的な代金決定 |
| 4 | 「課税事業者にならなければ取引価格を引き下げる、応じなければ取引を打ち切る」と★一方的に通告する | 優越的地位の濫用のおそれ |
★★「据え置く」ことすら問題になり得る、という点がいちばん誤解されています。値下げを求めていなくても、協議をしないまま決めれば同じ扱いです。
4. ★実際に注意が行われた5つの業態
これは想定の話ではありません。
公正取引委員会は、経過措置により一定の範囲で仕入税額控除が認められているにもかかわらず、免税事業者を選択する場合には消費税相当額を取引価格から引き下げると文書で伝えるなど、一方的に通告した事例を確認し、違反行為の未然防止の観点から次の発注事業者に注意を行ったと公表しています。
| 注意した事業者の業態 | 取引の相手方 |
|---|---|
| イラスト制作業者 | イラストレーター |
| 農産物加工品製造販売業者 | 農家 |
| ハンドメイドショップ運営事業者 | ハンドメイド作家 |
| 人材派遣業者 | 翻訳者・通訳者 |
| 電子漫画配信取次サービス業者 | 漫画作家 |
★共通しているのは「文書で一方的に伝えた」ことです。丁寧に文書化したことがそのまま証拠になりました。
5. ★令和8年1月から、法律の名前が変わった
免税事業者との取引を語るとき、根拠法令の名前がもう変わっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 新しい法律名 | ★中小受託取引適正化法(取適法)。正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」 |
| 施行 | ★令和8年1月1日 |
| 主な改正点 | ①資本金基準に加えて★従業員数基準を追加 ②★運送委託を対象取引に追加 ③手形払いの禁止 ④★★価格協議に応じないまま一方的に代金を決める行為の明文禁止 ⑤用語の見直し |
★④は免税事業者との価格交渉に直結します。「協議を明示的に拒否する」だけでなく、協議の求めを無視する・繰り返し先延ばしにすることも問題になり得ると説明されています。
★従業員数基準が入ったことで、これまで資本金が小さくて対象外だった発注者も対象に入ります。「うちは資本金1,000万円だから下請法は関係ない」という整理は、もう通用しません。
なお★取適法の対象取引では、振込手数料を売手に負担させて代金から差し引くことが、合意の有無にかかわらず禁止されています(振込手数料を引かれたときの消費税)。
建設業法にも同趣旨の規定(不当に低い請負代金の禁止)があるため、建設業では両方を見ることになります。
6. ★協議の記録を、どう残すか
対応は難しくありません。協議した事実と内容が残っていれば足ります。
- いつ・誰と・何を話したか(メール、議事メモ、チャットのログ)
- ★経過措置による実損の数字を示したこと(上の表を共有した記録)
- 相手の希望と、こちらの提示
- 合意した価格と、その適用開始時期
- ★相手から協議の求めがあった場合は、いつ応じたか
★メールで「先日お話しした件の確認です」と一本送るだけで、記録は残ります。電話だけで決めないことが実務上のポイントです。
7. 免税事業者側の組み立て
要請を受ける側の順番です。
- ★取引先の内訳を出す(本則課税/簡易課税・2割特例/免税/一般消費者)。インボイスが要るのは1番目だけ
- ★実損の数字を出す(令和8年10月以降なら税込価額の約2.73%)
- 登録した場合の自分の納税額を試算する。個人事業者なら令和10年分まで3割特例があります(2割特例が終わる|個人は3割特例へ)
- 代えがたい強みがあるかを見る。希少性の高い技能や人手不足の業種なら、価格維持の交渉余地があります
- ★段階的な値下げを提案する。控除割合の低下(80%→70%→50%→30%)に合わせて値下げ幅を刻む形は、双方が納得しやすい提案です
登録するかどうかそのものはインボイスに登録すべき?迷ったときの判断フロー【取引先タイプ別】にまとめました。
範囲注記:この記事のうち独占禁止法・中小受託取引適正化法・建設業法に関する部分は、公正取引委員会・中小企業庁・国土交通省の所管です。個別事案が違反に当たるかどうかの判断は弁護士の業務範囲であり、税理士の業務範囲は消費税の取扱いまでです。以下は公表資料に基づく一般的な整理です。この記事は2026年8月時点の制度に基づきます。
まとめ
- 実損は税込価額の約2.73%(2026年10月以降)。10%ではない
- ★★課税事業者になるよう要請すること自体は問題にならない
- ★問題は「一方的な通告」と「協議なしの据置き」
- ★公正取引委員会は5業態に実際に注意を行った。文書での一方的通告が共通点
- ★令和8年1月から取適法。従業員数基準・運送委託・手形払い禁止・協議に応じない一方的な代金決定の禁止
- インボイスが要るのは、取引先のうち本則課税の課税事業者だけ
- ★協議の記録を残す。電話だけで決めない
- 段階的な値下げは、双方が納得しやすい提案になる
- 財務省・公正取引委員会・経済産業省・中小企業庁・国土交通省「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(要請すること自体は問題とならないこと、一方的な通告、明示的に協議することのない価格の据置き、協議に応じない一方的な代金決定)
- 公正取引委員会「インボイス制度の実施に関連した注意事例について」(令和5年5月。注意を行った5つの業態と取引の相手方、経過措置があるにもかかわらず消費税相当額を引き下げると一方的に通告した事例)
- 製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(中小受託取引適正化法・取適法。令和8年1月1日施行。従業員数基準の追加、運送委託の追加、手形払いの禁止、協議に応じない一方的な代金決定の禁止)/私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律2条9項5号(優越的地位の濫用)/建設業法19条の3(不当に低い請負代金の禁止)
- 平成28年改正法附則52条・53条(免税事業者等からの課税仕入れに係る経過措置。80%・70%・50%・30%)
- ※2026年時点の制度に基づく記事です
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