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更新日 2026-07-26 経理と確定申告

現金主義を選ぶという選択|前々年300万円以下なら使えるが、たいていは損

「売掛金や買掛金の処理が面倒だ」——記帳でいちばん多い悩みです。

実は、それをやらなくていい制度があります。現金主義(小規模事業者の収入及び費用の帰属時期の特例)です。入金したら売上、支払ったら経費。それだけ。

でも、この記事の結論を先に書きます。

ほとんどの人には勧めません。楽になる分より、失うもののほうが大きいからです。

この記事の結論
– 使えるのは、青色申告者前々年の不動産所得+事業所得が300万円以下の人
届出が必要(その年の3月15日まで。開業年は開業から2か月以内)
– 入金・出金のときに計上する。売掛金・買掛金・未払費用を計上しない
青色申告特別控除は10万円だけ。55万円・65万円は使えない
– 差額は年10万円前後の税負担(所得税10%+住民税10%として)
減価償却は現金主義でも必要。棚卸も必要
消費税の計算は現金主義にならない(所得税だけの特例)
– 会計ソフトを使えば、発生主義でも手間はほとんど変わらない
– 【予告】令和9年分から青色申告特別控除が75万円・65万円・10万円になるため、差はさらに開く

なお、年またぎの処理そのもの(どちらの年の売上か)は12月に納品・1月に入金、この売上は今年?来年?にまとめています。

原則は「発生主義」

所得税の原則は、お金の動きではなく取引が発生した時点で計上することです。

原則(発生主義) 現金主義
売上 引き渡した日(12月納品・1月入金なら今年 入金した日(→翌年
経費 債務が確定した日(12月分の外注費は今年 支払った日(→翌年
売掛金・買掛金 計上する 計上しない

現金主義は、この原則の例外です。

使える人の条件

条件 内容
青色申告の承認を受けていること
前々年分の不動産所得の金額と事業所得の金額の合計が300万円以下(青色事業専従者給与を必要経費に算入する前の金額)
「現金主義による所得計算の特例を受けることの届出書」を、その年の3月15日までに提出(開業年は開業から2か月以内)

②の300万円は「所得」であって売上ではありません。専従者給与を引く前の金額で判定します。

そして、前々年で判定する点に注意してください。今年たまたま所得が小さくても、前々年が300万円を超えていれば使えません。

何が楽になるのか

楽になること 内容
売掛金・買掛金の管理 不要。入出金だけ記帳すればよい
未払費用の計上 不要未払費用の計上漏れを気にしなくていい)
年またぎの判定 不要。入金日・支払日で決まる
決算整理 かなり減る

たしかに楽です。通帳とカード明細を入力するだけで終わります。

何を失うのか

① 青色申告特別控除が10万円になる

これが決定的です。

記帳方法 青色申告特別控除
複式簿記+e-Tax(または電子帳簿保存) 65万円
複式簿記(書面提出) 55万円
現金主義/簡易簿記 10万円

現金主義を選ぶと、55万円・65万円は使えません。

差額を税金に直すと——

65万円控除 現金主義(10万円控除)
控除額 65万円 10万円 55万円
所得税(10%の場合) 5.5万円
住民税(10%) 5.5万円
合計 年11万円

所得税率20%の人なら、年16.5万円の差です。しかも国民健康保険料にも効きます(青色申告特別控除は総所得金額等を減らすため)。

「記帳が楽になる」ことに、毎年11万円以上を払う価値があるか——これが判断のすべてです。

② それでも要るもの

現金主義でも、次はなくなりません。

現金主義でも必要か
減価償却 必要(資産は買った年に全額落とせない)
棚卸 必要棚卸と売上原価
記帳・帳簿の保存 必要
領収書・請求書の保存 必要
消費税の計算 発生主義のまま(所得税だけの特例)

消費税が現金主義にならないのは重要な点です。課税事業者なら、結局は発生ベースの集計が必要になります。課税事業者は現金主義を選ぶ意味がほとんどありません。

③ 決算書の説得力が落ちる

10万円控除の決算書は、貸借対照表を作りません。融資を受けるとき、金融機関が見たい情報が足りない状態になります。

【令和9年分から】差はさらに開く

令和8年度税制改正により、令和9年分から青色申告特別控除の区分が変わります

現行(令和8年分まで) 令和9年分から
電子申告等 65万円 75万円
複式簿記(書面) 55万円 65万円
簡易簿記・現金主義 10万円 10万円

上の区分だけが引き上げられ、10万円は据え置きです。つまり、現金主義を選ぶことによる損失はさらに大きくなります

(55万円の区分は廃止され、65万円に統合されます。詳しくは65万円・55万円・10万円の違いを参照してください。)

それでも現金主義が合う人

正直に書くと、次のようなケースでは検討の余地があります。

こういう人 理由
売掛金・買掛金がそもそも発生しない 現金商売のみ。原則計算でも実質同じ
所得が極めて小さい(控除を使い切れない) 55万円の控除が余ってしまうなら差は出ない
高齢・体調等で、記帳の負担が現実的に重い 申告を続けること自体に価値がある
事業を縮小・整理中で、あと数年で畳む 将来の融資予定がない

逆に言えば、それ以外の人には勧めません

会計ソフトを使えば、そもそも手間は変わらない

これがいちばん言いたいことです。

現金主義の利点は「売掛金・買掛金を書かなくていい」ことですが、会計ソフトを使えば、その手間はほとんどありません

やること 手間
請求書を発行する どのみち発行する
ソフトで請求書から売上を計上 自動で売掛金が立つ
入金があったら消し込む クリック1回

「複式簿記が難しい」のではなく、「手書きだと難しい」だけです。ソフトが仕訳を作るので、実際の作業は入力と確認だけです(会計ソフトの比較記帳から確定申告までの流れ)。

年11万円を払って手間を買うより、ソフト代(年1〜3万円)を払って65万円控除を取るほうが、ほぼ確実に得です。

この記事で扱う範囲について
この記事は所得税における収入・費用の帰属時期の特例を扱っています。この特例は所得税に限られ、消費税の資産の譲渡等・課税仕入れの時期には適用されません。会計ソフトの機能・料金は各社の提供内容によります(この記事は特定の製品を推奨するものではありません)。令和9年分からの青色申告特別控除の改正は令和8年度税制改正によるもので、適用時期・要件の細部は国税庁の案内でご確認ください。

やめるとき

現金主義をやめて原則(発生主義)に戻すには、「現金主義による所得計算の特例の適用を受けることをやめる旨の届出書」を、やめようとする年の3月15日までに提出します。

また、前々年の所得が300万円を超えた年は、自動的に適用できなくなります(届出をしていても)。この場合、原則計算に戻ります。

切り替える年は、期首の売掛金・買掛金の扱いに調整が必要です。処理を誤ると二重計上・計上漏れが起きるので、切り替える年は特に注意してください。

よくある質問(FAQ)

Q. 白色申告でも現金主義にできますか。
この特例は青色申告者限定です。ただし白色申告の場合、そもそも簡易な記帳が認められており(所得税法232条の記帳義務は簡易な方法で足りる)、実務的には現金の動きに近い記帳になっていることが多いです。それでも、原則は発生主義です。

Q. 届出をしていないのに、現金主義で記帳していました。
届出がなければ特例の適用はなく、原則(発生主義)で計算すべきものです。売掛金・買掛金の計上漏れとして修正が必要になる可能性があります。金額が大きい場合は個別にご相談ください。

Q. 前々年が300万円ちょうどなら使えますか。
「300万円以下」なので使えます。判定は専従者給与を必要経費に算入する前の金額です。

Q. 現金主義でも青色申告のほかの特典は使えますか。
純損失の繰越控除、青色事業専従者給与、少額減価償却資産の特例などは、青色申告者であれば使えます。使えなくなるのは55万円・65万円の特別控除です。

Q. クレジットカードで払った経費は、いつの経費になりますか。
現金主義では引き落とし日です。原則計算なら利用日(債務確定日)です。ここが年をまたぐと、原則計算のほうが早く経費にできます(未払費用の計上漏れ)。

Q. 現金主義だと決算整理は要りませんか。
減らせますが、なくなりません。減価償却と棚卸は必要です(決算整理はなぜ必要?)。

Q. 融資を受けたいのですが、影響しますか。
影響します。10万円控除の決算書には貸借対照表がありません。金融機関は財政状態を見たいので、判断材料が不足します。借入予定があるなら原則計算+65万円控除にしてください。

まとめ

  • 現金主義は、青色申告者前々年の所得300万円以下の人が、届出をすれば使える
  • 売掛金・買掛金・未払費用を計上しないので、記帳は確かに楽になる
  • ただし青色申告特別控除は10万円。55万円・65万円は使えない
  • 差は年11万円前後(税率20%なら16.5万円)。国保料にも響く
  • 減価償却・棚卸は必要消費税は現金主義にならない
  • 令和9年分から控除の区分が上がる(75万円・65万円・10万円)ので、差はさらに開く
  • 会計ソフトを使えば、発生主義でも手間はほとんど変わらない
  • 勧められるのは、売掛金が発生しない現金商売か、記帳の負担が現実的に重い場合に限られる
この記事の主な根拠(出典)

  • 所得税法67条(小規模事業者の収入及び費用の帰属時期。青色申告書を提出する居住者で、前々年分の不動産所得の金額および事業所得の金額の合計額が300万円以下であるもの)
  • 所得税法施行令195条・196条(適用の要件、届出書の提出期限=その年3月15日まで、業務を開始した年はその開始の日から2か月以内)
  • 租税特別措置法25条の2(青色申告特別控除。現金主義の適用を受ける場合は10万円)
  • 令和8年度税制改正(令和9年分以後の青色申告特別控除を75万円・65万円・10万円とする。55万円の区分は廃止)
  • 消費税法(資産の譲渡等の時期・課税仕入れの時期。所得税法67条の特例は適用されない)
  • 所得税法49条(減価償却)/同47条(棚卸資産の評価)
  • ※2026年時点の取扱いです

次に読む

👉 65万円・55万円・10万円、青色申告特別控除の違い
👉 12月に納品・1月に入金、この売上は今年?来年?
👉 払っていなくても今年の経費になるもの——未払費用
👉 記帳から確定申告までの流れ
👉 会計ソフトの比較

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