スーツ・服・美容代は経費になる?個人事業主が否認される理由と、認められる例外
「打合せ用のスーツを買いました。経費でいいですよね」
いちばん多い質問で、いちばん通りにくい経費です。結論から言うと、スーツは原則として経費になりません。
理由はシンプルです。仕事以外でも着られるから。ここを押さえると、服・美容まわりの判断はほぼ全部つきます。
この記事の結論
– 服は家事関連費。「業務の遂行上直接必要」と言える部分しか経費にできない
– 私用に転用できる服は原則アウト。スーツ・革靴・カバン・コートはここに入る
– 作業着・制服・白衣・安全靴・社名入りウェア・撮影専用の衣装は経費になる
– 会社員には「特定支出控除」で衣服費の枠があるが、個人事業主にはその制度がない
– 美容院・化粧品・ネイル・脱毛は原則アウト。身だしなみは誰でも必要だから
– 按分もほぼ通らない。「専用かどうか」の0か100で考える
根拠:服は「家事関連費」
まず条文です。所得税法45条は、家事上の経費は必要経費にしないと定めています。そして家事と業務の両方にかかわる支出(家事関連費)については、施行令96条がこう決めています。
業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合の、その区分できる金額
服が引っかかるのは後半です。家賃や電気代なら「事業スペースの面積」「使用時間」で区分できます。しかし1着のスーツを「打合せのとき40%、私生活で60%」と客観的に区分する方法がありません。
だから按分もできず、全額アウトになります。
家事関連費の考え方そのものは経費を考えるときに大切なことで整理しています。
会社員には枠がある。個人事業主にはない
意外に知られていないのですが、給与所得者には衣服費の控除枠があります。
給与所得者の特定支出控除(所得税法57条の2)には「勤務必要経費」という区分があり、制服・事務服・作業服のほか、職務に通常必要な衣服費が対象に含まれています(給与の支払者の証明が必要、かつ上限あり)。
一方、事業所得にはこの規定がありません。あるのは45条と96条だけ。つまり判定は「業務の遂行上直接必要か」の一本勝負になります。
「会社員の頃はスーツ代が控除できると聞いた」という記憶がある人がいますが、制度そのものが別です。
経費になるもの・ならないもの
| 費目 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 作業着・つなぎ・白衣 | ○ | 私生活で着ない |
| 制服・ユニフォーム(社名・屋号入り) | ○ | 事業専用性が明らか |
| 安全靴・ヘルメット・軍手・防塵マスク | ○ | 業務専用の保護具 |
| 調理服・エプロン(店舗用) | ○ | 店舗で使用 |
| 舞台衣装・撮影専用の衣装 | ○ | 私用に転用しないことが前提 |
| 着ぐるみ・コスチューム | ○ | 同上 |
| スーツ・ジャケット | × | 私生活でも着られる |
| ワイシャツ・ネクタイ・革靴 | × | 同上 |
| ビジネスバッグ・コート | × | 同上 |
| 腕時計 | × | 同上 |
| 冠婚葬祭の礼服 | × | 私事 |
| クリーニング代 | △ | 作業着・制服の分は○、スーツの分は× |
| 従業員に支給する作業着・制服 | ○ | 福利厚生費(全員に支給する等が前提) |
いちばん上と下のブロックの違いは、「その服を着てスーパーに行けるか」です。行けるなら私用に転用できる=経費になりません。
費目全体の一覧は経費にできるもの・できないもの一覧にまとめています。
「撮影用に買った」は通るのか
YouTube・SNS発信をする人から必ず出る質問です。
通る場合はあります。ただし条件が厳しくなります。
| 条件 | 中身 |
|---|---|
| 専用性 | その衣装を私生活で着ない。着たら全額アウト |
| 保管場所 | 自宅のクローゼットではなく、撮影用として分けて保管する |
| 使用記録 | いつの撮影で使ったか。実際に映っている動画・画像が残っている |
| 常識的な金額 | 売上規模に対して不釣り合いに高額なものは説明がつかない |
要するに、「これは私服ではない」と第三者に言い切れる状態を作れるかどうかです。買っただけで着回している状態なら、経費にはなりません。
同じ考え方は美容にも当てはまります。
美容院・化粧品・ネイル・脱毛
原則すべて経費になりません。
理由は服と同じで、身だしなみは職業を問わず誰でも必要だからです。「営業職だから清潔感が必要」「人前に立つから」は、業務上「直接」必要とまでは言えないと税務署は判断します。
例外的に検討の余地があるのは、その施術そのものが売上に直結し、私生活への効用がないと説明できる場合に限られます。
| ケース | 判定の目安 |
|---|---|
| 通常の美容院・カット・カラー | × |
| 化粧品・スキンケア | × |
| ネイル・まつエク・脱毛 | ×(美容系の職業でも私生活と不可分) |
| 撮影当日のヘアメイク代(外注) | ○になり得る(撮影日・請求書が対応する) |
| モデル・出演の契約で指定された施術 | ○になり得る(契約書・指示が残る) |
| 特殊メイク・かつら(役柄用) | ○ |
「〇〇の仕事をしている人は美容代が経費になる」という職業別のルールはありません。あるのは「その支出と売上が直接ひもづく証拠があるか」だけです。
按分は使えるのか
家賃や通信費は按分できるのに、なぜ服はできないのか。ここが分かりにくいところです。
| 按分できる理由/できない理由 | |
|---|---|
| 家賃 | 面積という客観的な物差しがある |
| 通信費 | 使用時間・回線の用途という物差しがある |
| 車 | 走行距離・使用日数という物差しがある |
| 服 | 物差しがない。「何割仕事で着たか」を測る方法がない |
だから服は0か100で考えます。「専用として使い切るか、経費にしないか」の二択です。
按分できるものの割合の決め方は家事按分の割合をゼロから決める手順を参照してください。
記録の残し方
経費にすると決めた作業着・制服・衣装については、次を残しておきます。
- 領収書・レシート(品名が分かるもの。「衣料品」だけの記載は弱い)
- 用途のメモ(誰が・どの現場で・何のために使うか)
- 写真(社名入りウェア、撮影に使った衣装が映っているカット)
- 従業員に支給した場合は支給簿(全員に配ったことが分かるもの)
領収書をなくした場合の代替手段は領収書をなくした・もらい忘れた経費にまとめています。
よくある質問(FAQ)
Q. 講師業です。登壇用のスーツもだめですか。
原則だめです。登壇のときにしか着ないつもりでも、私生活で着られる形状である限り区分できません。ロゴ入りのジャケットや、明らかに舞台衣装と分かるものであれば話は変わります。
Q. 屋号のロゴを入れれば経費になりますか。
ロゴ入りのポロシャツ・ジャンパーなど、私服として着ないものであれば経費になります。ただしスーツにワンポイントを入れただけでは、私用に転用できる状態は変わらないので通りません。
Q. 従業員(や専従者)の制服はどうですか。
業務に必要な制服・作業着を支給するなら、事業の経費(福利厚生費)になります。ポイントは「全員が対象」「業務上必要」「常識的な金額」です。専従者1人だけに高額な衣類を支給すると、給与とみなされるリスクがあります。
Q. 現物支給すると従業員に所得税がかかりますか。
職務の遂行上必要な制服・事務服・作業服の現物支給は、原則として給与課税されません(所得税法9条1項6号)。私服として使えるものを支給すると、給与として課税されます。
Q. 過去に計上してしまいました。
金額が大きいなら、修正申告で直すほうが安全です。少額であっても、翌年からは同じ計上をやめてください。指摘されたときに「毎年入れている」状態は不利に働きます。
Q. スーツを買った分を、家事按分で20%だけ入れるのは?
物差しがないので、その20%の根拠を説明できません。税務署に指摘されれば、全額否認されます。20%を守るより、経費にしないほうが安全です。
Q. 経費にできないと、税金はどれだけ変わりますか。
10万円のスーツを経費にできたとしても、減る税金は税率分(25%なら2万5,000円)です。否認されて加算税と延滞税がつけば、簡単に逆転します。「経費を増やせば税金が減る」は半分ウソも併せて読んでください。
まとめ
- 服は家事関連費。区分する物差しがないので、按分ではなく0か100で判断する
- スーツ・革靴・カバン・コート・腕時計は原則アウト。私生活で使えるから
- 作業着・制服・白衣・安全靴・社名入りウェア・撮影専用衣装はOK
- 会社員の特定支出控除には衣服費があるが、事業所得に同じ制度はない
- 美容院・化粧品・ネイルは原則アウト。撮影当日の外注ヘアメイクは検討の余地あり
- 経費にするなら専用性・保管・使用記録の3点を残す
- 従業員への制服支給は福利厚生費。全員・業務上必要・常識的な金額が条件
この記事の主な根拠(出典)
- 所得税法37条1項(必要経費)/45条1項1号(家事上の経費)/9条1項6号(職務上必要な給付の非課税)/57条の2(給与所得者の特定支出控除・勤務必要経費)
- 所得税法施行令96条(家事関連費のうち必要経費になるもの)
- 所得税基本通達9-8(制服等の非課税の範囲)
- 国税庁タックスアンサー「やさしい必要経費の知識」「給与所得者の特定支出控除」
- ※出典の各ページは2026年8月7日に確認しました。制度は改正されることがあります
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