ホーム起業時の知識 › 開業費は「好きな年に一気…
更新日 2026-07-25 起業時の知識第50回

開業費は「好きな年に一気に経費化」できる——任意償却で初年度の税金を調整する使い方

会計ソフトに開業費を入力しようとして固まる人が続出します。「経費」でも「資産」でもない見慣れない箱に入れる必要があるからです。

そして固まったまま、多くの人がいちばん得な使い方を知らずに初年度で全部落としてしまいます

開業費は繰延資産という箱に入り、任意償却という珍しい扱いを受けます。任意償却とは何かというと、好きな年に、好きな額だけ経費にしていいという意味です。税法の中でこれほど自由な項目はほとんどありません。使い方を知っていれば、数万円から十数万円の差になります。

この記事の結論
– 開業費は繰延資産(所得税法施行令7条1項1号)。任意償却なので好きな年に好きな額だけ経費にできる(同令137条3項)
– 使い切らずに残した分は期限なく持ち越せる。青色の繰越欠損金は3年しかないので、ここが決定的な差
1年目が赤字・低所得なら落とさないのが基本。控除で税金がゼロになる年に落としても無駄になる
– ただし会社を辞めた年は例外。給与所得があるなら、初年度に落として損益通算したほうが有利になりやすい
10万円以上の備品・商品仕入・敷金は開業費ではない。ここを混ぜると後で直せない
– 仕訳は開業時「開業費/元入金」償却時「開業費償却/開業費」の2本だけ

開業費は「繰延資産」という箱に入る

開業費とは、事業を開始するまでの間に、開業準備のために特別に支出する費用です(所得税法施行令7条1項1号)。

ポイントは「特別に支出する」の部分です。開業のために特別にかかったものが開業費で、開業後も普通に続く経常的な支出は開業費ではありません。

そして開業費は、支出した年の経費にはなりません。いったん繰延資産という資産の箱に入り、そこから償却費として経費に振り替えていくという2段構えになります。

この「2段構え」が会計ソフトでつまずく理由です。支出したときは経費科目を使わない——ここだけ押さえれば入力は迷いません。

何が入って、何が入らないか

開業費に入るもの 開業費に入らないもの(別の扱い)
開業前の市場調査・情報収集の費用 10万円以上の備品・機械・車両減価償却資産(固定資産)
名刺・チラシ・パンフレットの作成費 販売する商品の仕入棚卸資産(売れた分が売上原価)
開業前の広告宣伝費・ホームページ制作費 敷金・保証金(返還されるもの) → 資産(差入保証金)
開業のための研修・セミナー受講料 礼金・権利金 → 別の繰延資産(20万円未満なら支出時の経費
打ち合わせの交通費・接待交際費 開業後に支出したもの → 普通の経費
開業準備で使った通信費・消耗品費 開業前でも経常的な性質の支出 → 開業費に含めない考え方がある
印鑑・看板・のれんの作成費(少額のもの) 生活のための支出 → 経費にも開業費にもならない

判断に迷う代表格が開業日より前の家賃・水道光熱費です。実務では開業費に含める処理が広く行われていますが、「経常的な費用は開業費にあたらない」という考え方もあり、税務署の見解が分かれる部分です。金額が大きい場合は、事業に供する前の期間であることを説明できる資料を残しておいてください。

備品の線引きは10万円が一区切りです。青色申告なら30万円未満まで一括で経費にできる特例があるので、開業費に無理に入れる必要はありません(30万円未満の少額減価償却資産)。

どこまでが開業費になるかの範囲は開業費の範囲にさらに詳しく書いています。あわせて、どこで線を引くかは開業日で決まるので、開業日の決め方開業届に書く開業日も確認してください。

任意償却——「好きな年に好きな額」の意味

繰延資産の償却には2つの方法があります。

方法 根拠 内容
均等償却 所得税法施行令137条1項 60ヶ月(5年)で均等に経費化する
任意償却 所得税法施行令137条3項 繰延資産の額の範囲内で、自分が償却費として計上した額を経費にできる

任意償却の条文は「その繰延資産の額の範囲内の金額」と書かれています。上限は開業費の総額だけで、下限はありません。つまり、

  • 1年目に全額落としてもいい
  • 1年目は0円、2年目に半分、3年目に残りでもいい
  • 10年後にまとめて落としてもいい

これが「税法でいちばん自由な項目」と呼ばれる理由です。しかも残した分は期限なく持ち越せます

ここがいちばん大事:青色の繰越欠損金は3年しかない

初年度に開業費を全部落とすと何が起きるか。赤字が大きくなり、その赤字は青色申告の純損失として3年間しか繰り越せません(所得税法70条)。

一方、開業費を繰延資産として残しておけば、持ち越しに期限はありません

残し方 期限 使えるとき
開業費を落として赤字(純損失)にして繰り越す 3年(青色申告が要件) 3年以内に黒字が出れば使える
開業費を繰延資産のまま残す 期限なし いつでも、必要な額だけ落とせる

4年目にようやく利益が出たというケースを考えてください。初年度に全部落としていれば、その赤字は3年で消えています。残しておけば、4年目に丸ごと使えます。

立ち上がりに時間がかかる事業なら、開業費は「期限のない貯金」として置いておくのが定石です。

落とす年をどう選ぶか

判断は単純です。その年に、税率が効いている所得があるかを見ます。

1年目の状況 開業費を落とすか 理由
事業が赤字 落とさない(0円) 経費を増やしても税金は減らない。3年の繰越に押し込むだけ
利益が小さく、所得控除だけで課税所得が0 落とさない(0円) 基礎控除・社会保険料控除などで税金がすでに0。落とす分が丸損
利益が出て課税所得がある 落とす(税率が高い年を優先) 税率が高い年に落とすほど節税額が大きい
会社を辞めた年で給与所得がある 落として損益通算を狙う 事業の赤字を給与所得と通算でき、源泉徴収された所得税が還付される

最後の行が見落とされやすい重要ポイントです。年の途中で退職して開業した人は、その年に給与所得があります。事業所得の赤字は給与所得と損益通算できるので、開業費を落として赤字を作れば、給与から天引きされていた所得税が戻ってきます。

「1年目は赤字だから落とさない」は、給与所得がある年には当てはまりません。 ここは必ず自分の源泉徴収票を見て判断してください。

数字で見る

開業費が60万円あったとします。

ケースA:1年目は事業だけ(給与なし)で、利益が20万円
基礎控除や社会保険料控除で課税所得はすでに0円。ここで60万円を落としても節税額は0円。60万円をそのまま残し、課税所得400万円になった3年目に全額落とすと、税率20%+住民税10%で約18万円の効果になります。

ケースB:3月に退職し、給与所得が250万円ある年に開業
事業の利益が20万円でも、開業費60万円を落とせば事業所得は40万円の赤字。これを給与所得と損益通算すると課税所得が40万円下がり、すでに源泉徴収されていた所得税が還付されます。この場合は初年度に落とすほうが有利です。

同じ60万円でも、置く場所で結果が変わる。これが任意償却の使いどころです。

仕訳はこの2本だけ

① 開業したとき(開業費の計上)

借方 金額 貸方 金額
開業費(繰延資産) 600,000 元入金 600,000

事業を始める前に自分のお金で払ったものなので、貸方は元入金(または事業主借)です。開業日の日付で1本入れます。領収書の日付ごとに1本ずつ入れる必要はなく、集計した合計額を開業日に1本で問題ありません(明細は集計表として保存します)。

② 経費に落とすとき(償却)

借方 金額 貸方 金額
開業費償却 落とす額 開業費 落とす額

その年に落としたい額だけを入れます。0円の年は仕訳なし。決算のときに1本入れるだけです。

確定申告書での置き場所は、青色申告決算書の経費欄です。「減価償却費」とは別の行に「開業費償却」として書きます。あわせて減価償却の内訳の欄に繰延資産として記載し、未償却残高を管理します。残高を記載しておかないと翌年に引き継げないので、ここは省略しないでください。

よくある質問(FAQ)

Q. 開業費はいつまで遡れますか。
法律に明確な期間制限はありません。ただし「その事業の開業のために特別に支出した」ことを説明できる必要があります。証憑(領収書・契約書)と、それが開業準備であることの説明がセットで残っていることが実質の条件です。何年も前のものは説明が難しくなります。

Q. 白色申告でも任意償却は使えますか。
使えます。任意償却は繰延資産の規定なので、青色・白色を問いません。違うのは赤字の繰越で、純損失の3年繰越は青色申告が要件です。青色の控除額の違いは青色申告特別控除65万・55万・10万の分岐へ。

Q. 開業費を落とさなかった年に、何か申告上の記載は必要ですか。
償却額0円でも、未償却残高を決算書に記載して引き継ぐ必要があります。記載を忘れると翌年以降に残高が分からなくなります。会計ソフトの繰延資産の登録画面で、償却額を0にして残高を持たせてください。

Q. 60ヶ月均等償却を選ぶ意味はありますか。
任意償却のほうが自由度が高いので、実務では任意償却がほとんどです。均等償却を選ぶのは、毎年一定額を機械的に落としたいという管理上の理由があるときくらいです。

Q. 開業費が10万円しかありません。それでも繰延資産にするのですか。
繰延資産となる費用のうち20万円未満のものは、支出した年に必要経費にできる扱いがあります(所得税法施行令139条の2)。少額なら初年度の経費として処理して構いません。繰延資産にしておく意味があるのは、金額が大きく、落とす年を選びたい場合です。

Q. 開業前に買ったパソコン(15万円)は開業費ですか。
違います。減価償却資産です。開業日に事業へ供したものとして固定資産に計上し、減価償却するか、青色なら30万円未満の特例で一括経費にします。開業費に入れてはいけません。

Q. 開業費を落とす年に、消費税は関係しますか。
開業費の償却は会計上の振替なので、償却の時点で消費税は動きません。消費税は支出したときの課税仕入れとして扱う話で、償却のタイミングとは切り離して考えます。

まとめ

  • 開業費は繰延資産。支出時は経費科目を使わず、償却で経費に振り替える
  • 任意償却なので好きな年に好きな額だけ落とせる。上限は総額だけ
  • 残した分は期限なく持ち越せる。青色の繰越欠損金は3年しかないので、残すほうが強い
  • 赤字・課税所得0の年は落とさない税率が効いている年に落とす
  • ただし退職した年に給与所得があるなら、初年度に落として損益通算を狙う
  • 10万円以上の備品・商品仕入・敷金は開業費ではない
  • 仕訳は「開業費/元入金」「開業費償却/開業費」の2本。未償却残高の記載を忘れない
この記事の主な根拠(出典)

  • 所得税法2条1項20号(繰延資産の定義)/37条(必要経費)/49条(減価償却資産の償却費)/70条(純損失の繰越控除)/69条(損益通算)
  • 所得税法施行令7条1項1号(開業費)/同項3号(権利金等)
  • 所得税法施行令137条1項(繰延資産の償却費・60ヶ月)/137条3項(任意償却)
  • 所得税法施行令139条の2(少額の繰延資産・20万円未満)
  • 租税特別措置法28条の2(中小事業者の少額減価償却資産の取得価額の必要経費算入の特例)
  • 国税庁タックスアンサー「繰延資産の償却」「必要経費の種類」「損益通算」
  • ※2026年時点の制度に基づく。少額減価償却資産の特例には適用期限があるため、実行前に最新の情報で確認してください

次に読む

👉 開業費はどこまで入れられる?範囲の考え方
👉 開業日の決め方
👉 開業届に書く「開業日」はいつにする?
👉 30万円未満の少額減価償却資産の特例
👉 青色申告特別控除65万・55万・10万の分岐

相談したいとき

👉 税理士の宍倉に相談する(LINE)

FOLLOW & CONSULT

新しい記事はLINEでお知らせ

個別のご相談は、事務所サイトの単発相談で承っています。

LINEで友だち追加個別相談について(事務所サイト)