出張旅費・日当は経費にできる?個人事業主に「出張旅費規程」が使えない理由
「出張旅費規程を作れば、日当を出して節税できる」
法人向けの節税本によく書いてある話です。そして個人事業主には使えません。
理由を一言でいうと、自分から自分へお金を移しても、それは支出ではないからです。ここは法人と個人でいちばん構造が違うところなので、順に見ていきます。
この記事の結論
– 個人事業主本人に日当は出せない。自分から自分への支払いは経費にならない
– 出張旅費規程は、法人が役員・従業員に支給するための仕組み
– 本人が経費にできるのは実費だけ(交通費・宿泊費・有料道路・駐車場)
– 従業員・青色事業専従者への日当は経費にできる。規程と実費相当額が前提
– 視察・研修旅行は観光部分を除く。家族同伴分は経費にならない
– ICカードのチャージは経費ではない。使ったときに費用になる
なぜ本人に日当が出せないのか
法人の場合、会社と社長は別人格です。会社が社長に日当を払えば、会社にとっては支出(旅費交通費)で、社長にとっては非課税の受取りになります。所得税法9条1項4号が、職務のための旅行に通常必要な費用を非課税としているためです。だから節税になります。
個人事業主には、この構造がありません。事業主と個人は同一人です。
事業用の口座から生活用の口座へ1万円を移しても、税務上は「事業主貸」という内部の振替にすぎません。必要経費になるのは、外部に対して債務が確定した支出だけです(所得税法37条1項)。
| 法人 | 個人事業主 | |
|---|---|---|
| 支払う側 | 会社 | 事業主本人 |
| 受け取る側 | 役員・従業員(別人) | 事業主本人(同一人) |
| 支出になるか | なる | ならない |
| 日当 | 出せる(非課税) | 出せない |
「出張旅費規程を作れば個人事業主でも日当を出せる」という説明を見かけますが、根拠となる条文がありません。作っても本人分は経費になりません。
この違いは、法人化を考える理由のひとつでもあります(個人事業主と法人、結局どっちが得?)。
本人が経費にできるもの
日当は出せませんが、実際に払った実費は当然に経費です。
| 費目 | 経費 | 補足 |
|---|---|---|
| 電車・バス・飛行機・新幹線 | ○ | 実費 |
| グリーン車・ビジネスクラス | ○ | 常識的な範囲で。規模との釣り合いは見られる |
| 宿泊費 | ○ | 実費。素泊まり・朝食付き程度 |
| タクシー代 | ○ | 事業目的であること |
| 有料道路・駐車場・ガソリン | ○ | 車は按分(車の経費はどこまで?) |
| レンタカー代 | ○ | 実費 |
| 出張先での食事(1人分) | ✗ | 日常の食事。出張でも同じ |
| 取引先との会食 | ○ | 交際費(接待交際費の線引き) |
| 手土産 | ○ | 交際費 |
| コインランドリー・日用品 | ✗ | 家事費 |
| 日当 | ✗ | 本人には出せない |
「出張先での自分の食事」が落ちないのは、出張していなくても食事はするからです。ここは日当が出せる法人との差が大きく出ます。
従業員・専従者への日当は経費になる
雇っている人がいるなら話は別です。従業員や青色事業専従者への日当は、事業の必要経費になります。
条件は3つです。
- 出張旅費規程を作る(対象者・距離や時間の基準・金額・精算方法を書く)
- 全員に同じ基準で適用する(特定の人だけ高額はNG)
- 通常必要と認められる金額であること(実費とかけ離れていないこと)
受け取る側は、通常必要な範囲であれば所得税がかかりません(所得税法9条1項4号、所得税基本通達9-3)。給与として源泉徴収する必要もありません。
ただし青色事業専従者への日当は注意が必要です。専従者への支払いは「労務の対価として相当」でなければならず(配偶者を青色事業専従者にすべき?)、日当を過大にすると給与の一部とみなされます。
出張旅費規程の作成そのものは税務の話ですが、就業規則・賃金規程との整合、労働時間の扱い(移動時間が労働時間にあたるか)、割増賃金の計算は労働基準法の領域で、社会保険労務士および労働基準監督署の所管です。従業員を雇って出張させる場合は、税務とは別に労務面の確認をしてください。この記事は「支払った金額が必要経費になるか」だけを扱っています。
視察旅行・研修旅行の按分
「取引先の視察を兼ねて海外へ」というケースです。
事業のための部分だけが経費になります。観光の日程が混ざっていれば、その分は除きます。
| 日程 | 扱い |
|---|---|
| 取引先訪問・商談・展示会 | 事業 |
| 業界セミナー・研修 | 事業 |
| 移動日 | 事業(前後が事業日程なら) |
| 観光・自由行動 | 家事 |
| 家族の同行分(従業員でない) | 家事 |
按分は日数で行うのが最も説明しやすい方法です。5日間のうち3日が商談なら、渡航費・宿泊費の5分の3を経費にします。
残すべき資料は次のとおりです。
- 日程表(何日に誰と何をしたか)
- 訪問先の資料(名刺、パンフレット、展示会のチケット)
- 報告書(簡単なもので構いません。得た情報と、事業にどう使うか)
- 写真
これらがないと、旅行全体が家事費と判断されます。「行った」ことではなく「何をしたか」を残してください。
セミナー参加のための旅費については資格取得費・セミナー代・書籍代は経費になる?も参照してください。
ICカード・回数券の扱い
見落とされがちな論点です。
Suica・PASMOへのチャージは、経費になりません。チャージした時点ではまだ何も買っていない(前払金)からです。改札を通ったときに旅費交通費になります。
実務では次のどちらかで処理します。
| 方法 | やり方 |
|---|---|
| 利用履歴で計上する(正しい方法) | 券売機やアプリで履歴を出し、事業利用分だけを旅費交通費に |
| チャージ時に計上し、私用分を年末に戻す | 実務上は簡便だが、私用の混在が多いなら避ける |
事業専用のICカードを1枚作るのがいちばん簡単です。決済サービスと同じ考え方で、入口を分けると管理が楽になります(PayPay・Square・Stripeの売上と支払い、どう分ける?)。
なお、ICカードの利用履歴はダウンロード期限があります。定期的に取得して保存してください。
領収書が出ない交通費
電車・バスは領収書が出ないことがほとんどです。出金伝票または旅費精算書で処理します。
記録するのは4つ。
- 日付
- 区間(〇〇駅→△△駅)
- 金額
- 目的(誰と会うため・何のため)
これを1枚にまとめた「旅費精算書」を月ごとに作れば十分です。書き方は領収書をなくした・もらい忘れた経費にあります。
よくある質問(FAQ)
Q. 出張旅費規程を作るだけならタダです。作っておけば認められませんか。
本人分については認められません。規程の有無ではなく、支払いの相手が別人格かどうかで決まるからです。従業員・専従者がいるなら作る意味があります。
Q. 事業用の口座から生活費用の口座へ「日当」名目で振り替えました。
仕訳としては事業主貸です。経費にはなりません。名目を変えても実質は変わりません。
Q. 出張中の食事代は本当に一切落ちませんか。
自分1人分は落ちません。ただし取引先と一緒に食べた分は交際費になります。1人分と会食分をレシートで分けて、会食分には相手の名前を書いてください。
Q. 遠方の現場に毎日通っています。これは出張ですか。
名目にかかわらず、事業のための移動なら旅費交通費です。日当が出せないことに変わりはありません。自宅と事業所の間の移動(通勤に相当するもの)は、事業所を自宅にしている場合の考え方と合わせて整理してください。
Q. 海外出張の渡航費が高額です。全額落ちますか。
事業日程の割合で按分します。全日程が商談・展示会で埋まっていれば全額です。1日でも観光を入れたら按分、という運用ではありませんが、日程の実態に応じて判断します。
Q. 家族を専従者にして同行させれば、その分も落ちますか。
その家族が実際に業務のために同行したのであれば経費になります。同行しただけ、観光しただけなら落ちません。専従者としての業務内容を説明できることが前提です。
Q. マイルやポイントで航空券を取りました。
支出していないので経費になりません。実際に支払った金額(燃油サーチャージ等)だけが経費です。
まとめ
- 個人事業主本人に日当は出せない。事業主と個人が同一人だから
- 出張旅費規程は法人の役員・従業員のための仕組み。本人分に効果はない
- 本人が落とせるのは実費のみ。交通費・宿泊費・有料道路・駐車場
- 出張先での自分の食事は落ちない。取引先との会食は交際費で落ちる
- 従業員・専従者への日当は経費。規程・全員一律・常識的な金額が条件
- 視察旅行は日数按分。日程表・訪問先資料・報告書を残す
- ICカードのチャージは経費ではない。利用時に計上する
- 領収書が出ない交通費は旅費精算書で足りる
- 所得税法37条1項(必要経費=その年において債務の確定した金額)/45条1項1号(家事上の経費)/9条1項4号(給与所得者等の旅費の非課税)/57条(青色事業専従者給与)
- 所得税法施行令96条(家事関連費)
- 所得税基本通達9-3(非課税とされる旅費の範囲。役員・使用人に支給する旅費が「通常必要であると認められる範囲」であること)
- 国税庁タックスアンサー「やさしい必要経費の知識」「非課税とされる旅費の範囲」
- ※2026年時点の制度に基づく記事です
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